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コーヒー物語

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コーヒーハウスがつくった近代

 17世紀半ば、ロンドンに誕生したコーヒーハウスはまたたく間にその数を増し、18世紀初めには3千軒にまでなったと言われています。ここはもちろんコーヒーを飲む場所で、当初はアルコール禁止、食事も出しませんでした。雰囲気が悪くなるとのことで賭博も禁止。また女性の入店も最初は断られていました。しかしコーヒーという珍しい飲み物とあの独特の香りに惹かれて、多くの人が訪れたのです。入場料1ペニー、コーヒー1杯1ペニー、つまり今の日本円で700円ほどを払えば身分の区別なく出入りが可能でしたし、それこそ1日中いることもできたので、とても便利な社交場だったわけです。

 けれどもコーヒーハウスはそれだけの存在ではありませんでした。生まれたばかりの政党はここを拠点として政治論議を交わしましたし、商売人は行きつけの店を使って商談をおこないます。たとえば今日、世界有数の保険機構としてその名前を知られているロイズは、もとはと言えばロンドンにあったロイズ・コーヒー・ハウスから誕生したものです。 さらに大事なのは、この頃から数多く現れてきた新聞、雑誌がここへ来れば無料で読めましたし、字が読めない人のために音読してくれる人もいたのです。また逆にジャーナリストがしばしば出入りしてニュースを集めることもできました。あるいは文人たちもここに集って、文学論の花が咲きます。現在でもイギリスを代表する雑誌の一つとして名前が知られている『スペクテイター』は、18世紀初頭のこうした雰囲気の中から誕生したものです。その意味でコーヒーハウスは近代の政治、社会、文化の発展に大きな役割を果たしたと言えるでしょう。

 こうしたコーヒーハウスはイギリスでは18世紀末になると姿を消して、パブなどの酒場に模様替えをすることになりますが、その頃にはコーヒーハウスを真似て、ヨーロッパ各地にカフェが誕生し、お洒落な社交場としてにぎわいを見せるようになります。パリやウィーン、ヴェニスなどに今なお残るカフェは、ヨーロッパ文化の華やかな一面を飾るものですが、それらももとはと言えばイギリスに誕生したコーヒーハウスから大きな影響を受けていたのです。そしてもちろんイギリスでは、コーヒーハウスに集まった紳士たちがやがて社交クラブを結成することになり、今日のロンドンにはそのような名門クラブがいくつも残っていて、イギリスの政治世界に隠然たる影響を与えているのです。

 このように見てくると、姿はなくなったり、変化したとはいうものの、17世紀イギリスに誕生したコーヒーハウスの残したものは、決して小さいものではなかったと言えるのではないでしょうか。

小林章夫(上智大学教授)

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