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コーヒー物語

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長島出島物語 その1

今回は、日本に初めてコーヒーが上陸した頃のお話です。

ヨーロッパではコーヒーが伝わってから約200年を経て、コーヒーはすっかり西欧の人々の生活に定着し、なくてはならない飲みものになっていました。一方その間、鎖国政策をとっていた日本は世界のコーヒー文化から取り残されていたのです。

『さあ一杯、どうぞ』
コーヒーを自信たっぷりに差し出すオランダ商人。その表情には、この世で一番おいしい飲みものを日本人にすすめるという誇らしさがありました。
そう、ここ長崎・出島は西欧の文化に触れることのできる唯一の場所でした。コーヒーがオランダ商人によって日本に伝えられたのは1600年代初め、長崎・出島のオランダ商館での出来事でした。初めてコーヒーを飲む名誉を与えられた日本人は残念ながらわかっていませんが、当時、オランダの商人と会うことができたのは、役人、商人、通訳、遊女だけ。本当に限られた日本人のみが商館への出入りを許されていて、その中に初めてコーヒーを飲んだ日本人がいるのかもしれません。
文献「長崎寄合町諸事書上控」の中には、長崎丸山の遊女が貰った物の一つとして「コヲヒ豆一箱。チョクラート」という文章があります。彼女たちがここでコーヒーを飲んでいたことが想像できます。

当時の出島には日本の英才たちが西洋文化を吸収しようと集まっていました。
早くからコーヒーの健康効果に関心を持った人たちがいます。
1783年、蘭学者・林蘭えんが、フランスのノエル・ショーメルのコーヒーの効能や植物としての特長、さらに飲み方まで記されている本を訳しています。(『紅毛本革』別名『阿蘭陀海土薬品記』)
1700年末には京都の医師・廣川かいが長崎に遊学し、コーヒーを飲み、その健康効果(胃によく消化不良の効果があるなど)をすでに実感していたようです(『長崎見聞録』より)。コーヒーは多くの日本の英才たちの西洋文明への探求心を大いに刺激し、その後の日本の文化や科学に大きく貢献した飲みものであったはずです。
ただし、この頃、まだまだ多くの日本人はコーヒーの香りと味になじめなかったようです。出島に医者としてやってきたドイツ人のシーボルトも「日本人があまりコーヒーを飲まないのは、コーヒーが身体に良いことを知らないからだ。説明してあげればもっと好きになるよ」と言っています。

次回は長崎出島に商館医師として赴任したシーボルトとコーヒーのお話です。

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